豊かな自然が必ずしもおいしい食物を恵んでくれるわけではありません。それでも有機農業に取り組むことで、守られる未来はあるように思うのです。安全な食べ物を得るために、自然環境の保全が大切だと言われます。けれどボクたちは、豊かな自然や生き物にやさしい環境を次代に継承するために、有機農業に取り組まなければならないのだと考えています。
農業をより良いカタチで未来へ引き継ぐため
当社の設立は1996年。ボクが37才のときでした。実家が農家だったのでよく分かりますが、昔から農家は長男が土地や農業や家を守っていくというような考え方がありました。
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ただそれでは土地や家はよいとして、農業は実際のところ向いていない人であっても、無理にやることになってしまい、結果として、本人や家族もしんどい思いをしなければならないこともあります。本当に農業を好きで、そのシゴトに積極的に向き合うことができる人が引き継ぎ、そこではぐくんだ技術を通して、地域や高知の農業を次の世代へつないでいくことが必要なのです。そのためにどうすればいいのか?
──そんな思いから農業に組織的に取り組んでいこうと考えたのが設立のきっかけでした。もちろん自分たち家族や社員みんなの暮らしや老後の安心、そして地域の雇用促進につながればとの思いも後押ししてくれました。
──そんな思いから農業に組織的に取り組んでいこうと考えたのが設立のきっかけでした。もちろん自分たち家族や社員みんなの暮らしや老後の安心、そして地域の雇用促進につながればとの思いも後押ししてくれました。
自分たちが食べたくないものは作らない
生産方法としては、現在一般的に行われている慣行(かんこう)農業ではなく、有機農業(※)に取り組んでいます。慣行農業では、収量を確保するために化学肥料や化学農薬を使用します。もちろん法律で認められた範囲内での適切な分量ですが、それでも農薬が葉についたままの野菜を口にすることはできません。うちの子どもたちがまだ小さかった頃のことですが、収穫を手伝うと言ってイチゴ畑に来ては、おやつ代わりに食べてしまうんですね。農薬を使っていないから笑って見ていられます。そんな光景に接しながら、一方で販売用のモノは農薬で育てるというのに強い抵抗を感じたのは自然なことだったと思います。
※有機農業とは、「農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行われる農業」であると定義されています。有機野菜として販売できるのは、肥料や農薬の使用について、有機JAS法で定められた細かい規定にしたがって育てられ、認証を受けた作物に限られます。土壌や河川を汚染する環境負荷が少なく理想的な農業ですが、一方で収量の確保が難しい面も持っています。
※有機農業とは、「農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行われる農業」であると定義されています。有機野菜として販売できるのは、肥料や農薬の使用について、有機JAS法で定められた細かい規定にしたがって育てられ、認証を受けた作物に限られます。土壌や河川を汚染する環境負荷が少なく理想的な農業ですが、一方で収量の確保が難しい面も持っています。
病害虫に負けないチカラを育てる
有機農業の最も大きな課題のひとつは収量の確保です。作物が育ちやすい土壌を作るための肥料は、化学肥料ではなく有機物をしっかりと発酵させた、いわゆる半発酵させた有機肥料を使っています。虫ならこまめに手で捕まえ、雑草を見つけては抜き、そうして病気になりにくい種や苗を作り、強い作物を育てています。病害虫に対して、すぐに農薬を使うのは、ボクには対症療法的に見えてしまい、畑の作物を脆弱化させるだけだと感じるのです。“作物そのものを強くすること”を目標に、有機農業に取り組んでいけば、収量も自ずと付いてくるものなのです。
キーワードを共有することで効率化を図る
“圃場(ほじょう・畑や菜園のこと)”は、大小合わせて60カ所ほどあります。これらを地域ごとに5つのグループに振り分け、それぞれ番号で呼ぶようにしています。社員は平均30才前後で、入社時には本格的に農業をやったことのない人ばかり。そんな若い社員たちに圃場や作物の状態を判断する技術はほとんどありません。当然、一つひとつ指示すればうまくこなすことができるのですが、それではなかなかシゴトを覚えられませんし、個人の技術も高まってきません。そこで、これまで培ってきた有機による野菜づくりの手順をマニュアル化して、これにしたがって作業を進めてもらうことにしました。このマニュアルを理解しやすく、またその日の圃場の状況や作業の引き継ぎをスムーズに行うための工夫の一つが圃場の番号化なのです。「どこそこの端っこの畑は…」といったように、それぞれの言葉を考えるより、「1番圃場の3番の畑」とルールにのっとって報告するほうが効率的で正確に伝わるのです。
計画的な圃場の利用により収量を確保
ボクたちが取り組んでいるのは、自給自足するための有機農業ではなく、ビジネスとして成立する有機農業です。それによって確実な売り上げあり、かつ社員みんなの暮らしが成り立たなければなりません。そのためには各圃場での収量確保が大前提です。5つのグループに分けた圃場の一つひとつが5年後にもしっかりと作物を生産できていること。土のチカラを枯渇させることなく、元気な土壌を保つために、スムーズに輪作(※)できるよう計画を立て、これに従って作物の入れ替えを行っています。作物の入れ替えは、春夏と秋冬を一区切りとした半期に1回を目処に、5グループの圃場をうまく使って、現在9品目の作物を生産しています。収量を確保するために、定期的な土壌分析も欠かせません。たとえば窒素・リン酸・カリウムは3大要素と呼ばれ、土のチカラを図るバロメーターです。数値をもとに、これらが不足しないよう、かといって多すぎないように、有機肥料を施しています。
※輪作(りんさく)とは、異なる作物を一定の期間をおいて周期的に栽培すること。これにより、土のチカラが維持され、病害虫の発生も抑えられるとされています。逆に、同一あるいは性質の似通った作物を続けて育てることを連作と呼び、野菜づくりには一般的に良いこととはされています。
※輪作(りんさく)とは、異なる作物を一定の期間をおいて周期的に栽培すること。これにより、土のチカラが維持され、病害虫の発生も抑えられるとされています。逆に、同一あるいは性質の似通った作物を続けて育てることを連作と呼び、野菜づくりには一般的に良いこととはされています。
記憶に頼るのではなく、記録から判断する
毎日欠かさず続けているのは終礼です。たいていは夕方5時に事務所に帰って来て、5時15分くらいから、圃場の様子や作物の生育具合、また病害虫が発生していなかったかといった出来事のほか、気づいたことなどを報告し合っています。その上で、一人ひとり“作業ノート”に簡単なレポートを書いてもらっています。「何番の圃場でどれだけ作業が進んだのか」「どんな作業を行ったのか」「誰と作業したのか」「何か気づいたことはなかったか」など、内容は簡単でも正確に記録してもらっています。このノートによって引き継ぎがスムーズになり、また翌日以降の作業でどこに誰が応援に行かなければならないかが分かるのです。また半年後、1年後に、あらためて同じ作物を育てるとき、どんな作業をすればいいのか、熟練していない若い人にも理解してもらいやすくなります。ただ、作業を終えた後の疲れから書くのが億劫(おっくう)なこともあります。そこで作業記録1日分につき100円を支給することで、モチベーションを高めています。金額は小さいですが、励みにはなっているようです。
7つ道具の一つはマイ・メジャー
収量を確実に得るためには、作物別のスケジュール管理も重要です。収穫から逆算して、種まきするのはいつとかいうように、作業ノートに集積してきたデータなどをもとに作業スケジュールを組んでいます。そして種を巻くときには、おおよそで行うのではなく、巻き尺で図って正確な間隔で蒔いています。畝の間隔、種の間隔、圃場の広さが分かれば、そこでどれくらいの収量が見込めるかが分かり、必要な有機肥料や人件費などを計算して、適切な価格も提示できるのです。万が一、収量が上がらないなどの失敗があっても、どういう作り方をしたのかが分かっていますから検証も比較的簡単に行えます。たとえば密植によって風通しが悪かったのだと推測できれば、ちょっと広げてみます。ただしここでも、おおよそではなく、正確に5cm広げてみようというふうに数値を基準に行います。そのために社員それぞれがマイ・メジャーを携帯している徹底ぶりなんです。
足跡に勝る肥やし無し!
“有機農業生産法人 (有)大地と自然の恵み”の設立当初は、なかなか売り上げが上がらず、運転資金にも四苦八苦したこともありました。そんなときは、ビジネスとして成り立つ有機農業に描いた夢や志を思い出すために、圃場へ足を運びました。農業では、「足跡は肥やし」「足跡に勝る肥やし無し」などと言われます。畑に足繁く通うことで、雑草抜きなどの畑の手入れをしたり、害虫を見つけては摘(つま)んで駆除したり、生育具合にも目を配ることができます。これが、肥料にも勝るほど作物の成長促すからです。収量をある程度、計画的に確保できるようになった今、あらためて振り返ると、とくに有機農業では、圃場をどれだけ見ているか、作物にどれだけ近づいているかが、その成果を大きく左右していることが分かります。また有機農業で育てた作物は、慣行農業のそれと比べると葉野菜も根野菜も色が薄いことに気づきます。そうして味わいの深いことに驚きます。それが本来の色であり、味であったのです。たとえば、パセリは皿の上で副菜どころか彩りとしての飾りになっているのをよく見かけます。でも、有機農業で育てたパセリは、そのまま食べても苦みが少なく、おひたしにして主菜として食卓に出しても喜ばれるほどなのです。足跡を肥やしにすることを楽しみたい、そうして生産した野菜を多くのみなさんに食べてもらいたい、その夢の実現に向けて社員みんなと取り組んでいます。
作物のチカラを発揮させてあげること
現在、当社の圃場で生産している野菜はショウガ、パセリ、青ネギ、小葱、ミニトマト、ニラ、ニンニク、とうがらしの8品目プラス、ユズ、栗となっています。野菜8品目は、「輪作しやすいこと」「物流コストに見合うもの」そして「高知県の特産品であって、地元で作られていたもの」といった基準で選んでいます。なかでも地元で昔から作られていたもの、たとえばニラはここの風土に適しているようで、元気によく育ちます。当社の圃場がある韮生野(にろうの)という地区名からも分かるように、昔からニラ(韮)づくりが盛んだったのです。その土地にあったものを心を込めて育てること──これが有機農業の極意の一つだと思います。
今やっていることが最善ではないと知る
いっしょに働いてくれる社員みんなには、「今やってる方法が絶対ではないよ」と言っています。「これまではこうだったけれど、もっと良い方法があるかもしれない」と考えながらやってほしいのです。そうすると、ある程度作業になれてきてからも、飽きることがなく、ずっと農業に興味を持ち続けていられるのです。この病気にはこの農薬、この害虫にはこの農薬を使うといったようなことではなく、まず、病害虫に負けない作物を育てるための土作りをすることが、本来の農業技術なのだろうとボクは思うのです。
大地と自然の恵み 代表 小田々 智徳